概要インターネットを通じて公募したボランティアチームの共同作業(コラボレーション)により,アメリカの優秀なWWW(World Wide Web)コンテンツ“The Nine Planets”の日本語化を行った。William A. Arnett氏による有名な太陽系マルチメディア探検ガイドの翻訳である。この作業を行った「ザ・ナインプラネッツ日本語版プロジェクト」、および同じく日本語教材「ザ・ネット:利用者の指針とネチケット」の共同翻訳を行った「FAUガイド&ネチケット日本語版プロジェクト」の2つの企画について実践内容と経緯を紹介する。 |
翻訳ボランティアは総勢25名・校となったが,100校プロジェクトからは本校を含めて2校が参加し,その他は社会人・大学生という一般からの応募である。応募状況は非常に良好で,1995年7月の募集直後から応募の連絡があり,告知後1週間で20 名が集まった。その後は1996年1月にかけて徐々に応募者が集まっていった。1人1ページの翻訳を原則としていたが,余力がある参加者からはさらに数ページを担当して貰うことができた。
無償公開を前提に,ボランティアとして熱心に作業してくれるメンバーの協力で,1995年11月にほぼ9割の和訳が完了し,雑誌 3) の付録CD-ROMにも収録されている。英語版の内容は毎週最新の情報をもとに更新されており,現在日本語版 4) のアップデート作業が進行中である。
ザ・ナインプラネッツには、NASAなどから提供を受けた美しい太陽系の天体画像とともに各天体の解説が施されている。
解説は、これまでの科学的業績により判明している科学的事実、基礎データと、各天体に特有の自然現象に関する解説、および今後の研究をまたなければならない“Open Issue(謎)”とで構成されている。専門的な天文用語や天文学者の名前は用語集ページにリンクされており、ハイパーテキストの利便性を活かして用語の定義や解説をすぐに参照できる。用語集の日本語化にあたっては専門家の監修も得ることができ、正確な科学情報の提供に役だっている。ただし、利用にあたっては、現在、太陽系各惑星系の衛星名については標準的な日本語訳語が定まっていないことに留意していただきたい。現状では基準がないため「天文年鑑」(誠文堂新光社)の記述で統一したが、すでに国立天文台に依頼した定訳の策定が完了しだい随時改訂する予定である。
私自身翻訳者として作業を行ったが,事務局としての活動は,
という手順の業務のほか,
を行った。原稿に手を入れることは全体の統一性を保つために不可欠であったため,当初から募集要項 5) に明記しておいた事項である。
【募集の告知】 Newsgroups: fj.sci.astro Subject: The Nine Planets www mirror started. Date: Wed, 05 Jul 1995 15:36:09 +0900 Message-ID: 東金女子高等学校の高橋です。文部・通産省合同の100校ネットワークプロジェクトの支援により,WWWサーバを立ち上げました。
その中に,アメリカのwww.seds.orgにあるThe Nine Planetsのミラーをインストールしましたので,お知らせします。 http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/
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【募集要項】
このザ・ナイン・プラネッツを,日本の小中学生のために日本語化しようと計画しています。英語版著者のビル・アーネット氏も日本語版の作成を歓迎し,翻訳作業にも協力してくださいます。 参加方法
1. お申し込み |
著作権に関連して1つのエピソードがあった。著作権ついては各翻訳者が所有し非営利目的には複製自由,営利目的には原著者と相談の上事務局が許認可にあたるものとしていたが,これは完成後を想定していたため,未完成の段階で雑誌への掲載依頼が来た際には取り扱いに困ってしまった。そこで,各翻訳者が相互に意向を明らかにして相談できるようにメーリングリストを開設した。メーリングリストとは特定の電子メールアドレスに届いたメールを参加者全員に転送する機構により電子メールによる会議を実現するもので,これにより相互に意見・情報交換を行ことができた。まだ未完成のものが流布することに懸念する声もあったが,結局暫定版と明記の上無償で掲載許可との方針がまとまり,原著者の承諾を得て雑誌CD-ROMへの収録を許可することになった。この間の議論はすべて電子メールで行われ,2〜3日のうちに意見をまとめることができたが,これもインターネットの効果によるところが大きい。その後,雑誌掲載に向けてなるべく完成に近づけようと未訳ページの翻訳に夜を明かして取り組む協力者もおり,予定よりはるかに早く5か月で9割以上を仕上げることができた。
現在,最新情報への更新途中ながらザ・ナインプラネッツ日本語版 4) には多くのアクセスがあり,小学校や中学校の教材としても活用 6) されている。
TNPJPプロジェクトでの経験をふまえて,同様の共同翻訳プロジェクト「FAUガイド&ネチケット日本語版プロジェクト」を実施することになった。これは,100校プロジェクト参加校をはじめとしたボランティアチームにより,フロリダ・アトランティック大学のArlene H. Rinaldi女史による“The Net: User Guidelines and Netiquette” 7) 「ザ・ネット:利用者の指針とネチケット」を日本語化したものである。
このWWWコンテンツは,インターネット(The Net)利用の初心者に対して,基本的なサービスのガイドとネチケット(ネットワーク・エチケット)の解説を行ったもので,初版はテキストファイルとして1992年に発表されている。
1995年11月に100校プロジェクトのaimitenoメーリングリスト(ML)でネチケットについての話題が出た折に,早稲田大学の「千里眼」というWWW情報検索システムを使用してこの文書(英語版)の存在を知った。ネチケットはネットワークを利用する上で心得ておかなければならないエチケットを指す造語であるが,1995年の100校プロジェクト開始当初はこのネチケットに関する日本語文献はまだなく,生徒に指導するために何らかの資料が必要という認識は参加校の担当者間でしばしば話題になっていた。そこで,著者に電子メールで日本語版の有無と翻訳の可否を尋ねたところ「日本語版はまだない。日本の読者のためにぜひ翻訳して欲しい。」と快諾をいただいたので,aimiteno MLで翻訳ボランティアの募集を行い,直ちに作業に入った。ボランティアは100校プロジェクト参加校の教師6名・生徒1名とMLに参加していた一般人2名で,総勢9名で24のページの翻訳を行った。1995年11月〜1996年1月で約8割が完了し,1996年3月初めまでにすべての翻訳作業を終え,現在はWWW上で公開 8) している。同時に,完成したものをオフラインでも利用できるようにパッケージ化して,anonymous FTPサービスによって無償配布もしている。
このプロジェクトでは,翻訳ボランティアには事前に複製配布に係る著作権の放棄をお願いし,原著者の意向を受けて,非営利組織には複製配布自由,営利組織の場合は原著者の許可のもとに複製配布が可能となっている。 9)
このプロジェクトに関連して1996年1月26日の100校プロジェクト活用研究会の折に慶応義塾大学の武藤先生からご紹介いただいたSally Hambridge著の“Netiquette Guidelines”「ネチケットガイドライン」(RFC1855; FYI28 :1995年10月発行)の日本語版 10) を作成し,1996年2月2日にfjニュースグループで公開するとともにWWWでも公開した。これはある日刊電子メール新聞の2月5日号でも紹介され,当日1日だけでも1260アクセスという好評を得た。これらをもとに,ネチケット情報を発信する「ネチケット・ホームページ」11) を開設し,日本中から多くの参照を得ている。
今回のプロジェクトで交流した人々は,北は青森から南は沖縄まで,文字どおり顔を合わせたこともない人々であったが,電子メールで緊密に連絡を取り合うことで,一つの目的のもとに結集して能力を発揮するということに情熱を持って取り組むことができ,良い成果を生むことができた。
この共同翻訳プロジェクトはインターネットの可能性の一例に過ぎないが,意義としては,
(1)ボランティアによる作業のためローコストで(実際は通信料や労力など個々のボランティアに負担していただくものが多いのだが)優秀な教材を作成でき,無償で提供することが可能になる。
(2)インターネットを利用することにより,短時間に有能な人材を数多く集めることができ,個々の負担を少なく,効率的に作業を進行することができる。例えば,自分の身の回りで必要な能力と余力を持ったボランティアを募っても数人集めるのが限界であるが,ネットワークを通じた場合には全国から人材を多数集められる。
ということを実証したものと言えよう。
これまでの教材作成というと,個々の教師の努力によるものや,地域的な教員の研究会,あるいは教材作成会社が適宜集めた人材によるものがほとんどであった。いずれも地域的に限定された小人数の個人あるいは集団で,個々の作業量も無報酬では割に合わないほどの負担になることが多かった。インターネットを通じ距離に関わりなく有能な人材が結集することで,安価で効率的に優秀な教材を制作することが可能となった。
このような取り組みが拡大し,優秀なコンテンツが今後も数多く生み出されて,簡便に利用できるように公開されていくことを期待する。